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東京高等裁判所 昭和24年(新を)3620号 判決 1950年11月13日

被告人

千田友秀こと

千炳秀

主文

原判決は之を破棄する。

被告人を懲役六月及び罰金弐万円に処する。

右罰金を完納することのできぬときは金弐百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審訴訟費用は全部被告人の負担とする。

焼酎二石六斗清酒と表示してある雑酒三斗、一斗瓶五個、二斗樽十一個、一斗樽、四斗樽、各一個、蒸餾器一式、麹蓋百二十八枚、ゴム管二本漏斗二個、大桶二個、大木桶二個は之を沒収する。

理由

弁護人米村嘉一郎控訴趣意第三点について。

本件記録に徴すれば原判決掲記の沒収物件について原審が之を押収手続を履んでいないことは所論の通りである。然し乍ら右物件は収税官吏が差押え後に前記日下部茂次郎に保管させたことも明白である。元来没収するについて予め之を押収しておくことはその要件とは認められない。尤も刑事訴訟法第九十九条によれば裁判所は必要があるときは没収すべき物と思料するものを差押えることができる旨規定しているが、之は没収すべきものは確保し、判決執行の際その同一性に誤りなからしめる為のもので、之が確保される状況にあるものであれば没収すべきものでも必ずしも裁判所は差押えることを要しないものと解すべきであり、新刑事訴訟法が旧刑事訴訟法と異り没収すべき物と思料するものも必ず差押えるべしと規定しなかつたのはこの理によるものと解すべく、而して本件物件は前記の如く収税官吏之を差押えて前記日下部茂次郎に保管を命じて居りその執行を確保し、その同一性の確認について誤りなしと認めたので原審は之を差押えの手続をとらなかつたものと認むべきである。原審が押収していないのに「押収に係る」と判示したのは措辞穏当を欠くが没収自体は何等違法ではない。所論は之と見解を異にした法理論を展開したもので論旨は理由がない。

(ロ) 同第四点及び弁護人柳沢義男の控訴趣意

所論に鑑み記録を調査するのに、原審に於て取り調べた証拠に現われている事実によれば被告人が本件酒類の製造に用いた原料は小麦麹約一石五斗澱粉約十二貫及び水であることは明らかである。而して原審は以上の原料により醪を仕込み醗酵した醪の上澄約一斗五升を取りこれに水を加えて酒精度十三度の清酒約一斗五升、及び酒精度二十一度四分の清酒約一斗五升を製造したと認定しているが、酒税法第四条、酒税法施行規則第一条によれば清酒である為めにはその原料は米、米麹及び水であるか、米、水及び命令で定める物品でその重量が米(麹米を含む)の重量を超えないものであるかの何れかであるべく、必ずその原料には米或は麹米を用いなければならないことを示している。しからばその原審認定の原料から清酒が製造され得ないことは実験則上明白な事である。しかるに原審が慢然その認定の原料から清酒を製造したと認めているのは理由にくい違いのあるものと謂わざるを得ない。而して原審は清酒にあらざるものを清酒であるとして被告人に対し懲役八月及び罰金二万円を科したのは其の他諸般の情状と併せ考えれば量刑重きに過ぎ不当である。結局論旨は理由があり原判決は此の点に於て破棄を免れない。

(ハ) 而して当裁判所において検察官に対し訴因中「清酒」とあるを「雑酒」と変更することを命じないで、直ちに本件について更に判決することができるか否かについて案ずるに、一般的にいつて酒税法違反事件において起訴状に原料を表示することなく一定の酒類たとえば清酒を密造したと記載されている場合にこれを他の酒類例えば焼酎を密造したと認定することはたとえ基礎たる事実関係が同一であつても、訴因の変更がなければ、できないものと解するのが相当であるけれども、本件のように原料及び製法を明示してあつてその原料から製造される酒類が酒税法上起訴状記載の酒類と異なることが一見明瞭な場合においては、右の場合と異なり、宛も罰条の記載の誤が裁判所を拘束しない場合のように裁判所が起訴状記載の原料が使用されその記載の製法によつて特定の別種の酒類が製造された事実を認定し得る以上は、当該酒類を酒税法上明かな他の酒類と認定するにあたつて、訴因の変更を要しないものと解すべきものである。蓋し訴因は基礎たる社会的事実関係の中特に犯罪構成要件に関係ある事実を日時、場所及び方法を特定してこれを構成したものである程度の法律的価値判断によつて基礎たる事実関係が選択されたものであるにしても、あくまで罪となるべき事実であると解すべく、その法律的評価たる罰条は検察官の判断として尊重されても、裁判所自体を拘束するものではなく、唯刑事訴訟法第二百五十六条第四項によつて被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる場合にだけ公訴提起の効力に影響を及ぼすにすぎないものであり、本件の起訴状における「雑酒」と表示すべきを「清酒」と表示された場合は検察官の法令の誤解に基く主観的な判断の誤として罰条の誤と同視すべく、本件の訴因は被告人が起訴状記載の日時場所でその記載の原料を使用しその記載の製法によつて酒類を密造した事実と解すべきであるからである。よつて本件は直ちに判決するに適当であるから刑事訴訟法第三百九十七条、第四百条但書に従い次の通り自判する。被告人は酒類製造の免許をうけないで昭和二十四年四月末日頃千葉県東葛飾郡七福村谷津の自宅において小麦麹一石五斗澱粉約十二貫及び水を原料として醪を仕込み同年五月十日頃醗酵した醪の上澄液約一斗五升を取りこれに水を加えて酒精度十三度の雑酒約一斗五升及び酒精度二十一度四分の雑酒約一斗五升を製造し残余の醪を蒸餾して酒精度三十度の燒酎約二石六斗を製造したものである。(以下省略)

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